「たまごねえちゃん」の心境

⚫身体を動かす楽しさを教えてあげること
⚫絵本をたくさん読んであげること

長女が生まれた時、パパとして「これだけはやってあげよう」と思ったのはこの二つでした。

娘は早いものであと5ヶ月で小学生になりますが、前者はまあまあできたものの、後者はここのところすっかり妻任せになってしまっています。

先日、少し時間ができたので久しぶりに絵本を読んであげようとすると、娘はすっかりひとりで絵本を読めるようになっており、いつの間にか立場が逆転して私が娘に絵本を読んでもらうことになりました。

読んでもらったのは、最近のお気に入りだというこちら。

ブログ20171028A

「たまごねえちゃん」

本当はもうたまごから出ていないといけないのに、いつまでもたまごの殻をかぶっておとうさんに甘えてばかりの「たまごねえちゃん」が、おとうさんが怪我をしたのをきっかけに自分からたまごの殻を割り、おとうさんの脚を揉んであげる…というお話しです。

たまごの殻をなかなか捨てられない主人公の「たまごねえちゃん」が、赤ちゃんの頃から使っているぼろぼろの「ねんね」(おくるみ)を未だに手放せない娘とかぶって面白かったのですが、ふと、50歳の自分にも思い当たる部分があることに気づきました。

来月いっぱいで引き上げるこの教室。

ブログ20171028B

実は実家のワンフロアでもあります。

建物は、私が大学生のころに改築された物ですが、ちょうど今、教室として使っている2階の空間で、幼少期の多くの時間
を過ごしました。

お膳のご飯を囲み、テレビを見ながら一家団欒をしていた辺りで、今は生徒さん達と「寝ゆる」をやっています。

窓を開けたお向かいには俳優のMさん・Sさん親子の家があり、また別の向かい側には、古いお屋敷のような大きな家がありました。
勉強部屋は、いつの頃からか「かくれんぼ横丁」と呼ばれるようになった石畳の路地に面していて、夜になると仕事を終えた芸者さんが立ち話をしていました。

お隣の割烹店・「うを徳」さんの屋根ではよく、我が家の愛猫がのんびりと日向ぼっこをしていました。

・・・子どもの頃から積み重ねてきた、こうしたやさしい記憶の数々が、この教室にいるときにはいつも自分の心の深い部分にあり、生徒さんとの14年間のレッスンを支えてくれていたような気がします。

この、永くお世話になった「たまごの殻」から、あと1ヶ月ほどで卒業です。

革のサイフのように・・・

子どもの頃からあまり物欲を持たない私ですが、
40歳になる頃から皮革製品に魅力を覚えるようになりました。

革が経年変化する様がまるで生き物のように感じられ、
身の回りの、良く使う「道具」は、できればこの先一生の付き合いができるものにしたいという思いから
少しずつ革製品に変えていきました。

ブログ20170530

この長財布は上の子どもが生まれる直前に、ちょっと頑張って買ったもの。
この秋で6年になるだけあって、なかなか貫禄が出てきました。

さて、私ごと。
先日誕生日を迎え、50歳になりました。

ふと思いついた抱負は、

この、革サイフのように年を重ねていきたいな

・・・ということ。

傷も汚れも、時間の流れの中で「味わい」として消化しながら積み重ね、
華やかさはないけど、底光りするような存在感が常に漂い、それが年々深まっていく

そういう人に、私はなりたいなと。

まだまだ、修行ですな。


この時期が一番好きだったころ・・・。

<7月19日(火)のレッスン>

●1030「ゆる体操初級」(神楽坂・坪山)
●1330「ゆる体操中級」(神楽坂・坪山)
●1930「ゆる体操中級」(神楽坂・坪山)

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7月19日。
この響きを聞くだけで、何だかワクワクしてくるような、
そんな時代がかつてありました。

明日、もう一度だけ学校へ行って、通信簿だけもらって帰ってきて、
そうしたらその後は・・・
夏休み!

という頃の話です。

大人になって長い夏休みがなくなってずいぶん経つのですが、あの頃のワクワク感を味わいたくて子どもの頃に過ごした夏のことをあれこれ思い出すことが良くあります。

今日、銀行に行く道すがら思い出していたのは、高校時代の、この時期のこと。

毎年、7月の初めごろに期末テストがあって、ラジオの深夜放送を聞きながら一夜漬けの試験勉強をしていたこととか、

7月になるとマックシェイクの期間限定メニューが発売されて、試験の後にそれを飲むのが楽しみだったこととか、

その、限定メニューの中では「ブルーベリーシェイク」が一番おいしかったけど、あの頃はまだブルーベリー自体が珍しかったんだけな?・・・ということとか、

期末試験が終わると1週間くらい「試験休み」というのがあって、その時期に友達と泊りがけで海に遊びに行って、終業式の時にはすでに真っ黒に日焼けをしていたんだったなぁ・・・ということとか、

・・・思い出すのは実に他愛ないことばかりなのですが、そうやって思い出しているうちに楽しい気分になってくるから不思議です。
楽しかった思い出は一生の宝。


今年の、ささやかな夏休みまで、あと2週間。
夏の「ワクワク感」を内に秘めつつ、レッスンに臨みます。

ブログ20160719

「人間臭い」付き合いを教えてくれた場

<5月29日(日)のレッスン>

● 900「ゆるウォーク」(神楽坂・坪山)
●1045「ゆるウォーク」(神楽坂・坪山)
●1300「ゆるウォーク」(神楽坂・坪山)
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1日前の話になりますが、28日(土)は昼過ぎから、大学時代に所属していた「中央大学グループH」のパーティに参加をしてきました。

「グループH」(通称G.H)は、その、ちょっと怪しげな名前から連想されるような団体ではなく、
小谷哲也先生のご指導の下50年近くにも渡り、マスコミ・ジャーナリズム界を中心に500名以上の人材を輩出し続けてきた、伝統あるクラブです。

私は学生時代、このクラブでアラスカ旅行を企画したり、同人誌のようなものを創刊したりしましたが、それ以外で特に思い出に残っているのは、とにかくよく、OBの先輩方に飲みに連れて行っていただいたことです。

自分がこれから、どのようにして生きていくべきなのか?

そんな漠然とした不安を抱えていたあの時期に、様々な世界で活躍をされる先輩方から色々とお話を伺い、また、とことん話をきいていただく機会を持てたことは、私のその後の人生を振り返ってもとても貴重なことでした。

私の学生時代は、単純に言えばこのG.Hで「考えること」や「人とコミュニケーションすること」を楽しみ、空手を通して「カラダを動かすこと」を楽しんだ4年間でした。

卒業後、(株)ベネッセコーポレーションに入社して12年半「考えること」中心の仕事を続け、その後ゆる体操指導員となってやはり12年半くらい「カラダを動かすこと」中心の仕事を続けているのが現時点なのですが、学生時代のG.Hとの出会いがなければ、あるいは今のように多くの生徒さんに囲まれ、会社を運営することはできていなかったのではないか?と思います。

“空手一筋”の学生生活を送る中でつい忘れがちだった
「視野を広くもつこと」や「自由に発想すること」を教えてくれたり、また、人と人の、思い切り「人間臭い」付き合いをたくさん経験させてくれたのもこのG.Hでした。

そんなことを、84歳になられた小谷先生にお話しし、感謝の気持ちをお伝えしたところ、
にこっと笑って一言、「良かった!」と言ってくださりました。

また、この笑顔を見に伺いたいです。

ブログ20160529A


麹町中学校での「漢字3枚」の思い出

<4月29日(金)のレッスン>

●1045「ゆる体操中級」(多摩センター・坪山)
●1430「ゆる体操初級」(神楽坂・坪山)
●1800「ゆる体操初級」(神楽坂・坪山)

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▲自分の子育てに加え、新たに「小学生クラス」を開講することになったこともあり、自分の子ども時代を振り返る機会が益々多くなりました。

私自身が子どものころに身に着けた能力のうち、今現在でも役に立っているなと思うことの一つは「単純な繰り返しを苦と思わない」能力です。

小学生の頃までは「飽きっぽい」と言われていたので、おそらくこれは天性のものではなく、中学生以降になってから、後天的に身に着けたものだと思いますが、その役に立ったのが「空手」と「勉強」だったような気がします。

そのうちの、今日は「勉強」に関してのお話し。

私が通った千代田区立麹町中学校は公立の学校ですが、当時、学力テストの成績で全国上位に名を連ねることもあるくらい、勉強に熱心な学校でした。

どの教科も厳しく指導をされましたが、特に厳しかったので覚えているのは国語の授業。
3年間指導してくださったS先生の国語の授業では毎回、最初の5~10分で漢字のテストが行われました。
予め渡されている教材の指定のページから毎回10題、問題が出されるのですが、このテストで8点以上を取れないと落第になり、ペナルティとして宿題を与えられます。

その宿題とは、合格点を取れなかった範囲の漢字を、原稿用紙3枚に書いて翌日までに提出をするということ。
この際、同じ漢字を繰り返し書くのはNGで、1つの漢字を1回ずつ書いていかなければなりません。

この「漢字3枚」を書くのに約1時間半かかるのですが、更に恐ろしいルールは、この「漢字3枚」を翌朝までに提出できなかった場合、次の日には「漢字6枚」。更に忘れるとその次の日には「漢字9枚」・・・と、一日につき3枚ずつ、増えていくのです。

何となく、レンタルビデオの返却を忘れたときのようですが、私は、どういう経緯だったかは忘れましたが、最も多い時で原稿用紙15枚を土日の2日間で書いたことがありました。

実はこの時、本当は18枚書かなければならなかったのですが、Kさんという、同じバスケ部だった心優しい女子が3枚、手伝ってくれました。字が明らかに違うのですが、そこは厳しいS先生も見逃してくれたようです。

ちなみに余談ですが、同じクラスにはT君という、左右両方で字を書ける器用な友達がいました。
その彼は少し離れた行に右と左で同時に同じ漢字を書くことができ、その特技を生かして「漢字3枚」を皆の半分の45分で終わらせることができました。

そんなT君が、どれだけ羨ましかったことか・・・(笑)。

この他、この先生の授業では毎月1回、月の最終日に課題図書の感想文を出さなければならず、そのために前日、半徹夜状態で必死に本を読んだ、などということもありました。

あまりの厳しさに、S先生の授業の時間になると決まってお腹が痛くなり、保健室に駆け込む・・・という生徒もいたほどですが、今にして思えばこの3年間の国語の授業で様々な「力」を身に着けることができ、それがその後の人生で随分と支えになってくれました。

指導の厳しさで、その時は生徒たちに嫌がられるけど、何十年も後になってから感謝をされる
・・・思えばS先生、最高の教育者でしたね。
プロフィール

TEMO-YAN

Author:TEMO-YAN
坪山 佳史 (つぼやま よしふみ)

1967年 東京神楽坂出身。
中央大学商学部卒業後、(株)ベネッセコーポレーションに入社。
12年半の同社勤務を経て退職後、2004年2月に神楽坂ゆる体操教室を開校。
現在、同校を含め都内4か所のスタジオ・カルチャースクールで
「ゆる体操」「ゆるウォーク」を指導。

株式会社坪山佳史事務所 代表取締役
日本ゆる協会公認 ゆる体操正指導員中級

<指導を行っている「ゆる体操教室」>

●神楽坂ゆる体操教室
(2004年2月開校)

●聖蹟桜ヶ丘ゆる体操教室
(2003年9月開校)

●読売日本テレビ文化センター
錦糸町
(2004年7月開校)

●JEUGIAカルチャーセンター
多摩センター
(2004年10月開校)

<指導・運営する小学生対象の私塾>

●神楽坂悠真塾
 (2018年2月開校)

★ゆる体操教室の話し、悠真塾の話し、そして6歳の娘と3歳の息子の話しが、よく出てくると思います(笑)。
皆さんに楽しんでいただけたら幸いです。

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