麹町中学校での「漢字3枚」の思い出
<4月29日(金)のレッスン>
●1045「ゆる体操中級」(多摩センター・坪山)
●1430「ゆる体操初級」(神楽坂・坪山)
●1800「ゆる体操初級」(神楽坂・坪山)
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▲自分の子育てに加え、新たに「小学生クラス」を開講することになったこともあり、自分の子ども時代を振り返る機会が益々多くなりました。
私自身が子どものころに身に着けた能力のうち、今現在でも役に立っているなと思うことの一つは「単純な繰り返しを苦と思わない」能力です。
小学生の頃までは「飽きっぽい」と言われていたので、おそらくこれは天性のものではなく、中学生以降になってから、後天的に身に着けたものだと思いますが、その役に立ったのが「空手」と「勉強」だったような気がします。
そのうちの、今日は「勉強」に関してのお話し。
私が通った千代田区立麹町中学校は公立の学校ですが、当時、学力テストの成績で全国上位に名を連ねることもあるくらい、勉強に熱心な学校でした。
どの教科も厳しく指導をされましたが、特に厳しかったので覚えているのは国語の授業。
3年間指導してくださったS先生の国語の授業では毎回、最初の5~10分で漢字のテストが行われました。
予め渡されている教材の指定のページから毎回10題、問題が出されるのですが、このテストで8点以上を取れないと落第になり、ペナルティとして宿題を与えられます。
その宿題とは、合格点を取れなかった範囲の漢字を、原稿用紙3枚に書いて翌日までに提出をするということ。
この際、同じ漢字を繰り返し書くのはNGで、1つの漢字を1回ずつ書いていかなければなりません。
この「漢字3枚」を書くのに約1時間半かかるのですが、更に恐ろしいルールは、この「漢字3枚」を翌朝までに提出できなかった場合、次の日には「漢字6枚」。更に忘れるとその次の日には「漢字9枚」・・・と、一日につき3枚ずつ、増えていくのです。
何となく、レンタルビデオの返却を忘れたときのようですが、私は、どういう経緯だったかは忘れましたが、最も多い時で原稿用紙15枚を土日の2日間で書いたことがありました。
実はこの時、本当は18枚書かなければならなかったのですが、Kさんという、同じバスケ部だった心優しい女子が3枚、手伝ってくれました。字が明らかに違うのですが、そこは厳しいS先生も見逃してくれたようです。
ちなみに余談ですが、同じクラスにはT君という、左右両方で字を書ける器用な友達がいました。
その彼は少し離れた行に右と左で同時に同じ漢字を書くことができ、その特技を生かして「漢字3枚」を皆の半分の45分で終わらせることができました。
そんなT君が、どれだけ羨ましかったことか・・・(笑)。
この他、この先生の授業では毎月1回、月の最終日に課題図書の感想文を出さなければならず、そのために前日、半徹夜状態で必死に本を読んだ、などということもありました。
あまりの厳しさに、S先生の授業の時間になると決まってお腹が痛くなり、保健室に駆け込む・・・という生徒もいたほどですが、今にして思えばこの3年間の国語の授業で様々な「力」を身に着けることができ、それがその後の人生で随分と支えになってくれました。
指導の厳しさで、その時は生徒たちに嫌がられるけど、何十年も後になってから感謝をされる
・・・思えばS先生、最高の教育者でしたね。
●1045「ゆる体操中級」(多摩センター・坪山)
●1430「ゆる体操初級」(神楽坂・坪山)
●1800「ゆる体操初級」(神楽坂・坪山)
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▲自分の子育てに加え、新たに「小学生クラス」を開講することになったこともあり、自分の子ども時代を振り返る機会が益々多くなりました。
私自身が子どものころに身に着けた能力のうち、今現在でも役に立っているなと思うことの一つは「単純な繰り返しを苦と思わない」能力です。
小学生の頃までは「飽きっぽい」と言われていたので、おそらくこれは天性のものではなく、中学生以降になってから、後天的に身に着けたものだと思いますが、その役に立ったのが「空手」と「勉強」だったような気がします。
そのうちの、今日は「勉強」に関してのお話し。
私が通った千代田区立麹町中学校は公立の学校ですが、当時、学力テストの成績で全国上位に名を連ねることもあるくらい、勉強に熱心な学校でした。
どの教科も厳しく指導をされましたが、特に厳しかったので覚えているのは国語の授業。
3年間指導してくださったS先生の国語の授業では毎回、最初の5~10分で漢字のテストが行われました。
予め渡されている教材の指定のページから毎回10題、問題が出されるのですが、このテストで8点以上を取れないと落第になり、ペナルティとして宿題を与えられます。
その宿題とは、合格点を取れなかった範囲の漢字を、原稿用紙3枚に書いて翌日までに提出をするということ。
この際、同じ漢字を繰り返し書くのはNGで、1つの漢字を1回ずつ書いていかなければなりません。
この「漢字3枚」を書くのに約1時間半かかるのですが、更に恐ろしいルールは、この「漢字3枚」を翌朝までに提出できなかった場合、次の日には「漢字6枚」。更に忘れるとその次の日には「漢字9枚」・・・と、一日につき3枚ずつ、増えていくのです。
何となく、レンタルビデオの返却を忘れたときのようですが、私は、どういう経緯だったかは忘れましたが、最も多い時で原稿用紙15枚を土日の2日間で書いたことがありました。
実はこの時、本当は18枚書かなければならなかったのですが、Kさんという、同じバスケ部だった心優しい女子が3枚、手伝ってくれました。字が明らかに違うのですが、そこは厳しいS先生も見逃してくれたようです。
ちなみに余談ですが、同じクラスにはT君という、左右両方で字を書ける器用な友達がいました。
その彼は少し離れた行に右と左で同時に同じ漢字を書くことができ、その特技を生かして「漢字3枚」を皆の半分の45分で終わらせることができました。
そんなT君が、どれだけ羨ましかったことか・・・(笑)。
この他、この先生の授業では毎月1回、月の最終日に課題図書の感想文を出さなければならず、そのために前日、半徹夜状態で必死に本を読んだ、などということもありました。
あまりの厳しさに、S先生の授業の時間になると決まってお腹が痛くなり、保健室に駆け込む・・・という生徒もいたほどですが、今にして思えばこの3年間の国語の授業で様々な「力」を身に着けることができ、それがその後の人生で随分と支えになってくれました。
指導の厳しさで、その時は生徒たちに嫌がられるけど、何十年も後になってから感謝をされる
・・・思えばS先生、最高の教育者でしたね。