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「哀愁の町」 聖蹟桜ヶ丘

● 930「ゆる体操初級」(聖蹟桜ヶ丘・坪山)
●1055「ゆる体操中級」(聖蹟桜ヶ丘・坪山)
●1500「ゆる体操初級」(錦糸町・坪山)
●1900ゆる体操初級(神楽坂・樫村)

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▲木曜日の午前は、聖蹟桜ヶ丘で指導。

ブログ20151126A

椎名誠さんの初期の作品に「哀愁の町に霧が降るのだ」という小説があります。
小岩のアパート「克美荘」に椎名さんをはじめとした男4人が共同生活をした顛末を描いた、自伝的青春小説です。

この小説の世界を追体験するかのように、私も学生時代に共同生活をしていた時期がありました。
舞台は聖蹟桜ヶ丘の、当時家賃3万円だったアパート「大川荘」。
同居人は大学で所属していたクラブの同級生と、その高校時代の仲間2名で、やはり4名でした。

そこでの生活ぶりをここで紹介するのは控えておきますが(笑)、それぞれが、ありあまる時間とエネルギーを、ひたすら、あまり生産的ではないものにかけていた、そんな時代だったような気がします。

大学卒業とともに、当然のことながら「大川荘」のメンバーは解散し、聖蹟桜ヶ丘を離れてそれぞれの新しい世界に散っていきました。

ところが私だけ、36歳の時から再び、この町との「ご縁」が復活しました。

大学卒業後、私は九段下の会社に就職をしましたが、入社5年目にその会社が多摩センターに移転。
それに伴って再び、多摩地区に住むようになりました。

35歳で退職後、当時まだ多摩を拠点としていた私が教室を開くためにスタジオを探していた時、幸運にも出会うことができたのが「多摩カルチャーセンター」のTさんご家族で、同カルチャーの1講座として聖蹟桜ヶ丘に開いたのが、現在18のクラスを担当する私が初めて開いた「ゆる体操」のクラスでした(のちに、「聖蹟桜ヶ丘ゆる体操教室」と名称変更)。

あれから、早いもので12年。
「ゆる体操教室を初めて開いた場所」としてのこの町との付き合いは、一歩一歩積み重ねられています。

遠い昔の想い出と、現在進行形の想い出が交錯する、
聖蹟桜ヶ丘は私にとって、ちょっと説明に手間どる"哀愁の町"なのでした。

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プロフィール

TEMO-YAN

Author:TEMO-YAN
坪山 佳史 (つぼやま よしふみ)

1967年 東京神楽坂出身。
中央大学商学部卒業後、(株)ベネッセコーポレーションに入社。
12年半の同社勤務を経て退職後、2004年2月に神楽坂ゆる体操教室を開校。
現在、同校を含め都内4か所のスタジオ・カルチャースクールで
「ゆる体操」「ゆるウォーク」を指導。

株式会社坪山佳史事務所 代表取締役
日本ゆる協会公認 ゆる体操正指導員中級

<指導を行っている「ゆる体操教室」>

●神楽坂ゆる体操教室
(2004年2月開校)

●聖蹟桜ヶ丘ゆる体操教室
(2003年9月開校)

●読売日本テレビ文化センター
錦糸町
(2004年7月開校)

●JEUGIAカルチャーセンター
多摩センター
(2004年10月開校)

<指導・運営する小学生対象の私塾>

●神楽坂悠真塾
 (2018年2月開校)

★ゆる体操教室の話し、悠真塾の話し、そして6歳の娘と3歳の息子の話しが、よく出てくると思います(笑)。
皆さんに楽しんでいただけたら幸いです。

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